この記事は2024年7月時点の内容です。
- アニマルウェルフェア(動物福祉)には「5つの自由」の指標がある
- 5つの自由とは、飢えと渇きからの自由、不快からの自由、痛み・病気からの自由、恐怖・抑制からの自由、正常な行動を表現できる自由のこと
- 動物との共生のためには「動物福祉」だけでなく「アニマルウェルフェア」の観点が重要
「アニマルウェルフェア」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?この記事を読んでくださっている方の多くは「動物愛護」がすでに生活に根付いているでしょう。
動物との真の共生を目指すためには「動物愛護」だけでなく「アニマルウェルフェア(動物福祉)」が欠かせません。
今回はそんな「アニマルウェルフェア」とは何かを具体例を挙げながら解説します。「アニマルウェルフェア」の面からも動物との関わりを考えられることを目指した記事ですので、ぜひ参考にしてみてください。
◆執筆・監修:獣医師プロフィール
岩手大学で動物の病態診断学を学び、獣医師として7年の実績があり、動物園獣医師として活躍中。動物の病態に精通し、対応可能動物は多岐にわたる。
目次
日本が世界から遅れている「アニマルウェルフェア」
「アニマルウェルフェア」は欧米を中心に浸透していますが、日本ではまだ馴染みのない言葉です。ここではアニマルウェルフェアとは何か、わかりやすく説明していきます。
そもそも、「動物愛護」とは?
「アニマルウェルフェア」の前に、日本にもすでに浸透している「動物愛護」とは何かをおさらいします。動物愛護を言葉でまとめると「人間が、動物に対して慈しむ心を持つ感情」です。
例えば子犬を見て「かわいいな、守ってあげたいな」と思う気持ちや、痩せた野良猫を見つけて「かわいそうだからご飯をあげたい」と思う根底にあるのが「動物愛護」の精神です。
動物愛護の精神がなければ動物との共生は目指せません。
アニマルウェルフェア(動物福祉)とは?
動物愛護は言い換えると主体が「人」であり「感情」です。
アニマルウェルフェアは人の感情を含めずに考えます。主体は「動物」です。アニマルウェルフェアは“動物が”苦痛なく生きているか、“動物が”本来の行動を発揮できているか、といった「動物の経験」を議論します。
動物を主体に考えるとき、かれらは言葉に出して伝えてくれません。客観的な判断が必要です。アニマルウェルフェアの大きなポイントは、動物の状態をデータを元にして科学的に検証することです。
誤解されやすい点ですが「アニマルウェルフェア」は家畜の存在や動物の利用そのものは否定しません。動物を利用する中でかれらにネガティブな経験をさせてはならないという概念です。
「アニマルウェルフェア」(動物福祉)ってどういう意味?
アニマルウェルフェアという言葉自体の意味や歴史、指標となる「5つの自由」について解説します。
アニマルウェルフェアの意味と歴史
アニマルウェルフェア」は英語のAnimal Welfareを日本語にしたもので「動物福祉」とも言われます。
もともとは家畜に対する問題提起が始まりです。1964年にイギリスの家畜福祉の活動家ルース・ハリソンが「アニマル・マシーン」という本を出版し、家畜を「もの」として扱う虐待性を指摘しました。
これをきっかけに、家畜も感受性のある存在であるという考えが広まり「アニマルウェルフェア」の基本ができました。
アニマルウェルフェアの指標は「5つの自由」
アニマルウェルフェアには「5つの自由」という指標があります。動物を主体に考えたとき、その動物にとって下記の「5つの自由」が満たされていなければなりません。
- 飢えと渇きからの自由
- 不快からの自由
- 痛み、病気からの自由
- 恐怖、抑制からの自由
- 正常な行動を表現できる自由
5番の「正常な行動を表現できる自由」は少し難しいかもしれません。例えば家畜の牛は、草を食べたあと「反芻」と言って食べた草を吐き戻すことを繰り返します。その際、座ったり寝そべるのは牛の正常な行為です。
牛がもしも「反芻」する時に座ることを禁じられたりそのスペースを与えられない場合、5番は満たされていないと言えます。
ふれあいを通じてアニマルウェルフェアを考える
それでは「5つの自由」を実際に検証してみましょう。今回はふれあいで使用されるモルモットを例に考えます。
ふれあいでは「5つの自由」は満たされている?
ふれあいに使用されるモルモットを主体として「5つの自由」が満たされているかどうか考えてみましょう。
きちんと飼育されている限り、1の飢えや渇きからは自由になれているはずです。3の痛み、病気からも自由になれているはずです。専門性を持つ飼育員やスタッフが飼育している限り、5も満たされるでしょう。
しかし、2の不快からの自由、4の恐怖、抑制からの自由に関してはどうでしょう?
モルモットは、本来は神経質で警戒心がとても強い動物です。そのような動物が、毎日知らない人に触られたり、抱っこされて、不快や恐怖は感じないのでしょうか?
不快や恐怖はストレスにつながります。モルモットはふれあいにおいて、ストレスを感じていないのでしょうか?
科学的に検証するのがアニマルウェルフェア!
上記のような疑問を科学的に検証するのがアニマルウェルフェアです。ここでは実際の研究内容をひとつご紹介します。
この研究では動物園のふれあいコーナーで使用されるモルモットの糞からストレスホルモンを検出し、モルモットのストレス程度を調べました。実験施設の動物園で使用するモルモットは赤ちゃんの頃から人慣れしています。実験の当日、ふれあいにおいてモルモットが乱暴に扱われることはありませんでした。
ストレスホルモンはふれあいに使用された当日から3日間測定されました。比較のための対照群として、ふれあいに使用されないモルモットのストレスホルモンも測定されました。
この研究の結果、モルモットのストレスホルモンは、ふれあいに参加した当日から翌日に現れることがわかりました。さらに3日後にも影響している可能性が示唆されました。ただし、対照群と比較し、それほど強い程度のストレスではないということもわかりました。
参考:「ふれあい動物園のモルモットが受けるストレスを糞中コルチコステロンによって推定する試み」
ふれあいは悪?
研究結果を元に考えると、ふれあいに使用されるモルモットにとって「5つの自由」すべては満ち足りていません。アニマルウェルフェアの視点からふれあいを否定する方も多いです。アニマルウェルフェアの観点ではふれあいは悪なのでしょうか。
動物愛護が動物との共生のためには必須だということはすでにお伝えしました。動物を慈しむ気持ちのない人がアニマルウェルフェアにまで考えを及ばせることは難しいからです。
都会暮らしで周囲に動物がいなかったり、マンション住まいでペットを飼えない人や子供たちはどのようにして動物愛護の精神を学べば良いのでしょう?
色々な方法がありますが、そのひとつとしてふれあいは否定できません。
動物との共生のためにどう考えどう行動すれば良いか
現代の日本ではアニマルウェルフェアの観点から、ふれあいをやめる施設も出てきています。近隣国の韓国では2022年1月にすべての野生動物カフェを禁止する方針を発表しました。
一方、動物のストレスを最小限に抑える工夫を行うことでふれあいを続ける施設もあります。ふれあいという言葉だと動物側も喜んでいるような勘違いを与えるため「コンタクト」などと言い換える施設もあります。
アニマルウェルフェアをできるだけ満たすことでふれあいを行い、人々の「動物愛護」の精神を育もうという考えもあるのです。
「動物愛護」的な視点では正しくても「アニマルウェルフェア」の観点から考えると必ずしも肯定できない施設や行動もあります。身近な例としては、むやみな野良猫への餌やりや、一部の野生動物カフェです。
動物との関わりで大切なのは「動物愛護」と「アニマルウェルフェア」両方の視点を持つことです。この2つのバランスを取ることが動物との共生への手段です。
「5つの自由」から「5つの領域」へ
「アニマルウェルフェア」は日本ではまだ耳慣れない概念ですが、世界の動物を取り巻く環境では欧米を中心にさらに一歩進み「5つ自由」だけでなく「5つの領域」という考えが浸透しはじめています。
基本の「5つの自由」は、動物に苦痛などのネガティブな経験をさせてはならないという考えです。「5つの領域」は「5つの自由」を満たせたら、次は動物にできるだけ良い経験、ポジティブな経験をさせようという考えです。
具体的には
- 良好な栄養
- 快適な環境
- 良好な健康とフィットネス
- 積極的な行動(探索・交流・遊びなど)
- 良い精神状態
という指標です。
例えば愛犬に普通に餌皿からご飯をあげるのではなく、あえて少し隠して探させて食べさせて犬の探索行動を促すことは上記の4に当たります。
「5つの自由」を最低限満たし、さらに動物にポジティブな経験をさせること、これが「アニマルウェルフェア」が本当の意味で満たされている状態なのです。
学び続けたい「アニマルウェルフェア」
今回の記事を通してお伝えしたいことは、動物との共生のためには「動物福祉」だけでなく「アニマルウェルフェア」の観点が非常に重要であるということです。
今回はアニマルウェルフェアの基本のみを解説しました。最近では自治体や大学、動物園などで「アニマルウェルフェア」についての勉強会が行われることもあります。
興味を持っていただけたら、ぜひ引き続き情報を取り入れてみてくださいね。