- ワンヘルスという概念を理解しよう!
- 動物由来感染症は15種類以上の病気がある
- 海外に比べ、日本は動物由来感染症の少ない国
- 動物だけでなく、虫や土壌・水などからの感染症にも注意が必要
動物との共生を実現するために、鍵となるのが、ワンヘルス(One Health)という概念です。
ワンヘルスは人と動物、これらを取り巻く生態系の健康が、相互につながるひとつのものであるという考え方です。
ワンヘルスの理解のためには、動物由来感染症への知識が必須です。今回は獣医師の筆者が動物由来感染症について解説します。
◆監修:獣医師プロフィール
岩手大学で動物の病態診断学を学び、獣医師として7年の実績があり、動物園獣医師として活躍中。動物の病態に精通し、対応可能動物は多岐にわたる。
目次
ワンヘルス(One Health)の6つの柱と動物由来感染症
ワンヘルス実践のためには、行政・企業・医師・獣医師・研究者、そして市民一人ひとりの取り組みが重要です。
具体的に何を行えば良いのかを明確にするために
- 人と動物の共通感染症への対策
- 薬剤耐性菌対策
- 環境保護
- 人と動物との共生社会づくり
- 健康づくり
- 環境と人と動物のより良き関係づくり
という6つの柱があります。
なかでもわたしたちに最も身近な課題のひとつが①の人と動物の共通感染症への対策です。
動物由来感染症とは?人獣共通感染症との違いってあるの?
人と動物の共通感染症のことを、動物由来感染症や人獣共通感染症と呼び、どちらも同じ病気群を指します。
本来の呼び名はZoonosis(ズーノーシス)
1958年に開催された、WHO(世界保健機構)と国連食糧農業機関の合同会議において「人と人以外の脊椎動物の間で自然に移行する病気又は感染」をZoonosis(ズーノーシス)と定義しました。
ズーノーシスという言葉は「zoon」と「osis」に分かれます。「zoon」には動物という意味があり、医療英語で「-osis」は疾患の状態を表す言葉です。この英語の意味を元に作られた日本語が動物由来感染症や人獣共通感染症です。
英語の言葉を日本語にするとニュアンスが異なってしまうことも多いため、専門家の中にはズーノーシスという言葉をそのまま使う人も多いです。
人の健康を中心に考えた言葉が動物由来感染症
動物由来感染症と人獣共通感染症という2つの言葉を並べると、前者は動物から人という一方向性を強く連想させます。
ズーノーシスとは動物と人との共通の病気を指し、動物から人へと一方的に感染する病気だけを指すわけではありません。
人の健康を司る厚生労働省では、人の健康を中心に捉えた視点で動物由来感染症という言葉を使いますが、他の分野では人獣共通感染症という言葉を使うこともあります。
獣医師である筆者も、人から動物に病気が感染する事例を目にすることがあるため、人獣共通感染症という呼び方のほうがしっくりきます。
動物由来感染症にはどれくらい種類がある?
動物由来感染症と聞くと、狂犬病やオウム病などごく一部の病気を連想しますが、実は人の病気の多くが動物由来感染症です。
病原体の6割が動物由来感染症!ただし日本には少ない。
人に対して病原性を持つことが知られている微生物のうち、およそ6割もが動物由来感染症です。想像よりずっと多いのではないでしょうか。
しかし、日本ではそれほど多くの病気が報告されていません。島国であることや、牧畜への依存性が低いこと、国全体の衛生状態が良好であることなどが理由です。
海外と比べると日本は動物由来感染症にそれほど神経質にならずに過ごせる国です。
逆に考えると、海外に行く際は動物との接触には注意が必要だということを忘れないでください。
海外での動物とのふれあいについてはこちらで詳しく解説しています。【あわせて読む】
いくつ知っている?日本でも注意が必要な動物由来感染症の一覧
日本で気をつけるべき病気はどれくらいあるのでしょうか。
また、動物由来感染症のなかには、動物から直接感染するものだけでなく、蚊やマダニといった節足動物を介したり、水や土壌から感染する病気もたくさんあることを知っておきましょう。
動物から直接感染することが多い病気▼
病名 |
感染源となる主な物 |
パスツレラ症 |
犬や猫、うさぎなど多くのペット |
猫ひっかき病 |
主に猫 |
トキソプラズマ症 |
主に猫・豚肉などの生食 |
サルモネラ症 |
多くのペット、主に爬虫類 |
オウム病 |
飼育鳥、鳩などの野鳥 |
カプノサイトファーガ感染症 |
犬や猫などのペット |
コリネバクテリウム・ウルセランス感染症 |
犬や猫などのペット・家畜 |
エキノコックス症 |
主にキタキツネ |
Q熱 |
犬や猫などのペット・家畜 |
結核 |
主にサル |
ブルセラ症 |
主に犬 |
鼠咬症 |
主にラット |
皮膚糸状菌症 |
犬・猫・うさぎなど多くのペット |
マダニや蚊などの節足動物を介して感染する病気▼
病名 |
感染源となる主な物 |
SFTS(重症熱性血小板症候群) |
マダニ |
日本紅斑熱 |
マダニ |
日本脳炎 |
蚊 |
ツツガムシ病 |
ツツガムシ |
土や水などの環境から感染する病気▼
病名 |
感染源となる主な物 |
レプトスピラ症 |
川・水田などの水 |
クリプトコックス症 |
土壌 |
破傷風症 |
土壌 |
炭疽 |
土壌
|
食品から感染する病気▼
病名 |
感染源となる主な物 |
アニサキス症 |
サバやサンマなどの魚類 |
E型肝炎 |
豚肉の生食・野生動物の生食 |
日本で特に注意が必要な動物由来感染症5つ
動物から直接感染する病気は、一番身近で最も注意が必要です。
ここでは一度は聞いたことがあるかもしれない、代表的な病気を5つ紹介します。
パスツレラ症
ペットから感染する病気として最も多い病気だと言えます。原因となるパスツレラ属の細菌は、犬や猫、ウサギなどの動物がもともと持っていて、噛まれ傷やキスなどで気道から感染することもあります。
多くの場合は噛まれた場所が腫れたり、軽度の風邪のような症状ですみますが、抵抗力が弱っていると、重症化する傾向があり、敗血症になると30%くらいの人が亡くなるとされています。
猫ひっかき病
猫の赤血球内に存在するバルトネラという細菌が原因となります。ひっかき病という名前ですが、咬まれることでも感染します。
傷口が腫れ、付近のリンパ節も腫脹し、発熱します。症状は長引くこともありますが、自然治癒するのが一般的です。
トキソプラズマ症
寄生虫症のひとつです。猫の糞便に含まれるオーシストと呼ばれる感染源を口にしてしまったり、寄生されている豚を加熱せずに食べると感染することがあります。
感染しても無症状なことも多いですが、妊婦が感染すると死流産につながるため特に注意が必要とされています。
サルモネラ症
サルモネラという細菌が原因となる病気で、食中毒の病原体としても有名です。
サルモネラは多くの動物がもともと腸内に保有していますが、特に爬虫類は50~90%が持っているといわれています。
ペットの爬虫類からの感染は、子供に多く報告があり、アメリカでは10cm以下のカメは子供が口にしてしまいやすいとのことから販売が禁止されているほどです。
オウム病
クラミジアという微生物が原因となる病気です。乾燥した鳥の糞に含まれるクラミジアを吸入して感染することがあります。
突然の発熱後、風邪のような症状となり、肺炎に進行することもあります。妊婦は重症化する傾向にあり、胎児の死亡も報告されています。
すぐにできる動物由来感染症への対策
動物と関わるなかで、どのような対策をすれば動物由来感染症に感染するリスクを減らせるのでしょうか?
ペットとのふれあいは節度を守る
かわいい我が子ですが、ペットの口の中には病原体が潜んでいることも少なくありません。
口まわりを舐められたらすぐに洗い、スプーンなどの共有もNGです。一緒に遊んだあとは必ず手洗いをして、部屋も清潔に保ちましょう。
糞や尿の処理はできる限りその都度
排泄物の中には病原体が排泄されることが多いです。見つけたらすぐに処理をしましょう。
鳥を飼育していると、排泄物はすぐに乾燥しますが、目に見えない病原体が空気中に舞います。乾燥する前の処理を心がけましょう。
清掃と換気はこまめに
ペットの身の回りのものやケージの清掃は欠かせません。お部屋の掃除と換気も忘れず行いましょう。
基本的に室内飼いがおすすめ
特に猫の場合、自由に外に出してしまうと、病気だけでなく交通事故のリスクがぐっと上がってしまいます。
野良犬や野良猫、野鳥などにさわらない
外では動物にさわらないのが自分自身とお家のペットを守る鉄則です。怪我をしている動物を見かけて助けたい場合は専門家に相談しましょう。
蚊などの虫に刺されない対策を
蚊やマダニは病原体を運びます。キャンプなどで虫の多い地域に出向く場合は長袖長ズボンなどで対策しましょう。
正しい知識を身につけて、感染症からペットも自分も守ろう
筆者は先日、皮膚糸状菌症という皮膚病に感染しました。
皮膚科で自己申告して、すぐに適切な薬を処方してもらえましたが、医師の話では似た病気がたくさんあり、動物と関わっていることを伝えないと別の診断をしてしまうこともあるそうです。
自分や身近な動物の健康を守るためにも、ぜひ動物由来感染症について学んでみてください。